クメール演劇の衰退と市民の憩い / The Cambodian Theater

カンボジアが誇る伝統「クメール演劇」が衰退している。国内にインターネットが普及する以前、人々の娯楽、社交の場として重要な役割を担ってきた伝統芸能を守り伝えようとする数少ないアーティストの情熱に焦点を当てた、7分間のドキュメンタリー。

危機に瀕した伝統を守る人

上演に向けて準備をする人々の姿を映して、7分間の映像が始まる。彼ら・彼女らの大半は本業と並行して季節巡業に従事しているアーティストで、役を演じながら舞台演出も担当するなど、複数の役割を担っている。存在さえ知られなくなっているクメール演劇を継承することを目的に、自主的に集まっているグループを追ったドキュメンタリーには、演劇シーンと観客の反応を複数箇所切り取ることで、過去から受け継がれてきた「生活の中の演劇」を描写している。一方で、クメール演劇そのものに関する解説はほとんどなく、当事者へのインタビューに終始している。

The Cambodian Theater

クメール・ルージュと演劇文化

1970年代のクメール・ルージュ時代に失われかけた伝統演劇をはじめとした諸文化は、およそ半世紀を経る中でその認知度はさらに弱まっている。王朝時代において特別な場面で上演されてきた「王宮古典舞踏」「影絵芝居」は非常に有名だが、対して「バサック劇」は20世紀諸島に現在のベトナム南部から伝わった娯楽演劇であり、一般の人々から圧倒的な支持を得てきた歴史がある。登場人物の語りと歌によってストーリーが展開され、扱われるものは古典物語であり、庶民の生活に根付いてきた。ただし、国内外の研究者からの注目が特段に高かった訳でもないことから研究実績も限られている。

こうした伝統芸能の衰退に際して、コンテンポラリー・ダンスの立場からその再興を目指す「アムリタ・パフォーミング・アーツ」、ポップ・カルチャーを融合させた巨大フェス「ボンプン(Bonn Phum)」など、若手アーティストを中心にアイデンティティの再構築とも取れるムーブメントが数々見られる。

The Cambodian Theater

背筋を伸ばして演技に見入るのではなく、食事をしながら談笑し、その傍らでパフォーマンスに目を向ける観客の姿勢からは、演劇が人々の生活に当たり前のように浸透してきた歴史を垣間見ることができる。小さな子どもが、演者の動きや言葉に笑う姿も、「衰退」とは対極にある印象を与える。数々の伝統芸能が直面する「古臭さ」というイメージと「今っぽさ」に身を委ねる難しさが、このクメール演劇が今まさに経験している苦悩なのかもしれない。

本作品は、京都大学東南アジア地域研究研究所主催「ヴィジュアル・ドキュメンタリー・プロジェクト2018」の入選作品であり、2016年にカンボジア・プノンペンに拠点を置く映像作家ソペアク・ムァンによる監督作品である。

カンボジア・シアター The Cambodian Theater

Cambodia 2016/Color/7min/Khmer

9 Books in 2019

飛騨高山で唯一の、地場の家具ブランドのテーブルや椅子をおいた素晴らしいスターバックスで「2018年の5冊」を書いてもう一年。一瞬のようにすぎた2019年を振り返ると、サイパンの美しい海でのスキューバダイビング、インド・コルカタを経由してバングラデシュ・ダッカに3年ぶりの帰還、夏の大雨に見舞われたバギオのエスノグラフィと、3度も海外で時間を過ごしたらしい。

とは言っても、それ以外の時間のほとんどを仕事に費やし、失敗に失敗を重ね、周囲には多大なる迷惑をかけてしまった一年でもあった。小さな成功体験を積み重ねた1年目から一転、業務の抽象度が格段に上がり、事業に関わる様々な戦略検討に向き合うことの難しさを学んだ。

Photo by Annie Spratt on Unsplash

人類学とエスノグラフィ

自身のTwitterでは粛々と報告をしているのだが、2021年の英国大学院進学に向けて、本格的に走り出した一年でもあったように思う。「デザイン思考」ブームを経て、人類学が古くから培ったエスノグラフィの知見が徐々にビジネスの領域に活用されている。UXリサーチや商品開発、マーケティングの分野でその存在感を発揮している一研究手法の、今後のビジネス応用、そのさきの社会課題に対する様々なアプローチへの応用の可能性について学びたいというのが、元々の背景(あんまり話していないけれど)。

とは言っても、元々ニッチな国や地域、その文化に触れることを楽しんできた自分としては、古典的な地域研究、人類学的研究に根ざしたエスノグラフィ、そのほかの質的研究手法にも強い関心がある。『うしろめたさの人類学』などで有名な松村先生をはじめとした数々の人類学者による『文化人類学の思考法』 は、家族やテクノロジー、戦争や平和といった様々な領域に置いて私たちが囚われている「あたりまえ」を問い直し、その外側へ出ていくための「思考のギア」を提供してくれる名著。私たちがあたりまえのように捉え会話している家族関係や、静かに、ただ着実に生活に浸透しているテクノロジーとの付き合い方など、ふと立ち止まってその思考のコリをほぐす素晴らしい章立てだ。

2019年は、個人的に非常に素晴らしいエスノグラフィにたくさん出会った(個人的な興味の色が強いが)。法政大学大学院のゼミでもご一緒させていただいた八田さんの著書『覚醒せよ、わが身体。─トライアスリートのエスノグラフィー 』は、日本トップレベルであるご自身の競技経験とその身体を対象に、トライアスロンという極めて過酷なスポーツに挑むアスリートたちの極限状態について、独自の視点で言語化を試みている。世界最大級のレースに共に挑んでいるような臨場感と、ゴールテープを切ってその場に倒れこむような爽快な読後感は忘れられない。『ひとりで暮らす、ひとりを支える ―フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィ―』は、先に紹介した松村先生の共著者であり、フィンランド島嶼地域に暮らす独居高齢者に関するエスノグラフィを実行してきた髙橋絵里香によるもの。家族に被介護者をもつひとりとしても、「ケア」という大きな概念だけでなく、高齢者を主語とした「老い」の本質や、「記憶」の問題について鋭いヒントを与えてくれる。

Photo by Hendri Sabri on Unsplash

愛と知性について

国際政治学者の三浦瑠麗『孤独の意味も、女であることの味わいも』 は、政治番組での鋭い議論とは異なり、優しい文体でその幼少期や以後の暮らしについて綴ったもの。柔らかい文章の中に確かな知性と強靭さを併せ持つ。川内有緒『パリの国連で夢を食う。』 は、31歳でパリの国連機関に赴任した経験と、そこでの官僚生活、ユニークでキュートな同僚たちとの交流について綴った一冊。同『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』 は、愛すべきバングラデシュの地に伝わる「バウルの歌」について、その正体を求めた12日間の濃密な旅について描いている。

ティム・ブラウンによる『デザイン思考が世界を変えるは、たった今読み終わったばかりなのだが、世界的に広がるデザイン思考の本質とその要素単位の重要性、その革新的なメソッドを活用した様々な事例を引用した名著。MOTHERHOUSE山口氏の『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方 は、二極化した世界において、ふたつの相反する要素を掛け合わせることで未来の生き方を探っていく、「働き方」を超えた「生き方」に関する一冊。

Photo by Andy Køgl [the visiter] on Unsplash

今年の年末年始に読んでいるのは、ティム・インゴルド『ラインズ 線の文化史』の原著、そしてユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『ホモ・デウス』 の原著(英語アピールをしたいのではなく、原著の方が圧倒的に安い)。そして劉慈欣『三体』とTakram佐々木さんのおすすめ、セス・フリード『大いなる不満』

個人としては社会人3年目、大学院受験を控える2020年。引き続きエスノグラフィに没頭しつつ、デザインやイラストの仕事も増やしていきたい、そんな密かな野望を抱きつつ、着実に前に進む一年にしたい。来たる2020年も、どうぞよろしくお願いします。

30分間の社会描写 / VISUAL DOCUMENTARY PROJECT 2019 短編ドキュメンタリー上映会を通して

「ジャスティス」をテーマに世界から作品が募られたVISUAL DOCUMENTARY PROJECT 2019 (国際交流基金アジアセンター主催/京都大学東南アジア地域研究研究所共催)に参加した。

個人としては初めての参加とはいえ、京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)の動向には以前から強い関心を寄せていて、今回の上映会もCSEASのTwitterを経由して認知したもの。数ある公募作品の中から受賞作品が選ばれ、5作品を当日上映し、監督や関係者が来日する。今年はマレーシアの映画監督ホー・ユーハン氏、ミャンマーの医師・脚本家・監督のアウン・ミン氏が選考委員に加わった。

ドキュメンタリーの可能性を探る場

ドキュメンタリー(documentary)とは一般に「実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された映画・放送番組や文学作品など」と定義されるように、特定の社会において実際に起きた出来事や定常的に営まれている生活そのものに焦点を当て、その構造や変化を社会における様々なレイヤーから描き出す。ドキュメント(document)という言葉が表す通り、「記録」という色が強く、中には非常に生々しさを伴うものもある。

VDP2019 『落ち着かない土地』スチル
当日上映『落ち着かない土地』(監督:Nguyen Thi Khanh Ly)より

中でも今回のような「短編」のドキュメンタリーは、その名の通り取材を通して獲得された情報が非常に短時間の尺に編集されたものを指し、20〜30分程度の作品が中心となる。当日上映された5作品のうち、フィリピン・ダバオ市ロハスで起きた爆弾事件のその後を描く『あの夜』が最短の20分、ベトナム・ホーチミン市新都市計画によって立ち退きを強いられた住民に焦点を当てた『落ち着かない土地』が最長の28分。

タブーを超えて

テロや差別といった社会課題の多くは国家が当事者として関わるケースが多く、そうした事象を忠実に描き映像として編集・配信することは、一部の国においてタブーとなる。こうした上映会にノミネートされる作品も例に漏れず、その国内では一切上映を許されていないものも存在する。彼ら・彼女らは、そうした事実と正面から向き合いながら、自身の国や社会で起きていることを世界に発信する。

VDP2019 『私たちは歌で語る』スチル
当日上映『私たちは歌で語る』(監督:Dony Putro Herwanto)より

東京上映会詳細

東京での上映会は、下記の通り5作品が発表され、それぞれ監督と関係者が登壇した。

【東京上映会】
タイムスケジュール

13時30分 作品上映(1)私たちは歌で語る
14時20分 作品上映(2)落ち着かない土地
15時05分 作品上映(3)叫ぶヤギ
15時45分 休憩
15時55分 作品上映(4)あの夜
16時30分 作品上映(5)物言うポテト
17時10分 トークセッション&総評
登壇者

『私たちは歌で語る』 (インドネシア)
監督:Dony Putro Herwanto、撮影・編集:Abul Ala Maududi Ilhamda
『落ち着かない土地』(ベトナム)
監督:Nguyen Thi Khanh Ly、編集:Nguyen Thu Huong
『叫ぶヤギ』(タイ)
監督:Thunska Pansittivorakul、出演:Anthicha Sangchai
『あの夜』(フィリピン)
監督:Jeremy Luke Bolatag、ラインプロデューサー:Arun Singh
『物言うポテト』(ミャンマー)
監督 :Sein Lyan Tun、プロデューサー:Phyo Nge

ドキュメンタリーの味わいを

上映された5作品、そしてそのほかの関連作品について、その魅力と課題の焦点、描かれる人物の心理描写について、今後の記事で紹介をしていく。