小さな世界のものがたり

クラクフの小さなホテルで出会った、「小さな世界」が忘れられない。

ビビッドな赤色に塗られたバスがワルシャワから向かったのは、ポーランドの古都・クラクフ。ヴェヴェル城を中心とした美しい街並みを抜けて向かった小さなホテルは、ユダヤ人街のちょうど真ん中ほどに立っており、向かいにはサーカス小屋のような角形のマーケットが広がっていた。

らせん状の階段の途中には色とりどりの木彫りの鳥が並び、不思議な観葉植物が日を浴びている。磨り減った床に時折目を向けながら進むと、突き当たりに小さな客室が見えてくる。ベッドと小さな机の並ぶ空間の中で、それは言葉にできない存在感を纏っていたように思う。スタッフが「Owner’s favorite.(オーナーの趣味)」だという置物と、なんども読まれた跡のある本が、小ぶりの棚に並ぶ様子は、妙な秩序と思想を感じさせる独特の「世界」として、今でもふと思い出すことがある優しい記憶だ。

ポーランド・クラクフにて

小さな世界の、雄大な景色

盆栽の良さを尋ねる時、多くの人が共通して口にするのが、そこに見出される「小さな世界」の存在。小さな器の中で松や苔といった素材を独自に並べたそれは見る人にとっての「景色」であり、形容するならば「雄大」なのだと。多数の銀河が壮大な宇宙の中に散在する様子を、海上に散らばる島々にたとえて「島宇宙」と表現することがあるが、棚に並べられたいくつかの盆栽たちも、各々が完全に独立し、空気すらも共有し得ない「島」のようなものなのかもしれない。

スケールダウンという行為

世界(というと社会科学の世界で怒られそうだが、ここでは先進国も、途上国も含めて大多数の国々)が特定のトピックスを共有するとき、そこには決まって「協調」や「相互支援」を通して「世界」や「社会」を「救う」というスケールの大きい議論が必ずといって良いほど生まれるもの。中国から広がった(という説が濃厚な)今回のパンデミックが先進でだけでなく途上国も巻き込み、経済停滞や医療崩壊を引き起こしていることは事実であるし、それによって僕たちが確かに(空想かもしれないけれど)認識していた「日常」が永久的に失われるものがたりさえも現実味を帯びている。

今起きていることをマクロのスケールで捉えることは重要だろう。僕たち個々の生活は、複雑なネットワークを通してお互いに絡み合っているし、マクロの動きは個々のミクロの世界に必ず影響する。しかし、世界がビッグスケールの議論を繰り広げる中で、多くの人々が物理的に他との接触を減らし、広々としたオフィスから小さな部屋に生活の主軸を移していることは、この「スケール」という概念について考える大きなきっかけかもしれない。

クラクフで出会った「小さな世界」と盆栽のそれとをつなげながら、日々の思考をスケールダウンすることは、数ヶ月ほど前まで確かにあった(そして二度と戻らないかもしれない)「日常」で僕たちが見落としていた、とても大切なものに気がつくために欠かせない行為ではないだろうか。

ポーランド・クラクフにて

余白のリフレクション

初めてYahoo!で自分のブログを作ったのは、おそらく中学2年生のころ。Nikonのカメラで撮った写真を撮ってはアップロードし、匿名のユーザーと多く繋がり、お互いの投稿に対してコメントをし合い、時には学校のルールや教師の態度に対して意見のようなものを偉そうに述べ、「学ぶ環境はこうあるべき」などと、思い出すと恥ずかしくなるような言葉を連発していた。

それなりに真面目に勉強し、Jリーグユースクラブでプレーを続け、全員参加必須というルールの下で中学校の陸上部にも入り(よくサボったけど)、それ以外の時間は地元の塾に通っていた。「勉学共に頑張る子」というイメージに囲まれて日々を生き抜く中で、Yahoo!ブログに自分の写真や人に言えない思いを書き込むことは、予定表が埋まり切った中学生の自分にとって大切な「余白」だった。

市場経済の「すきま」

近内悠太が『世界は贈与でできている』で展開する議論は、この「余白」について改めて振り返り考え直す大きなきっかけとなった。「贈与」という概念に焦点をあて、それを「必要であり重要なのに、その正体がわかっていない」という前提にたった近内は、その最終章で次のような言葉を記している。

・・・だから、贈与は市場経済の「すきま」に存在すると言えます。いや、市場経済のシステムの中に存在する無数の「すきま」そのものが贈与なのです。そして、世界像、すなわち常識に支えられた言語ゲームの全体性、整合性を前提として初めてアノマリー(*変則性)が立ち現れるのと同様に、市場経済というシステムと交換の論理という下地があるからこそ、そこに贈与というアノマリーが見えてくるのです。

近内悠太 『世界は贈与でできている』

お金で買えるものとその交換によって成立する、いわゆる合理性により稼働する資本主義社会の中で、その「すきま(=余白)」に存在する一見不合理なもの。その例として、さらに近内は平井堅による名曲「君の好きなとこ」の歌詞を引用している。

照れた笑顔 すねた横顔 ぐしゃぐしゃ泣き顔
長いまつ毛 耳のかたち 切りすぎた前髪
・・・ホッとした顔 笑ったときハの字になる眉

近内悠太 『世界は贈与でできている』

「照れた笑顔」や「長いまつ毛」は、おそらくその言葉を受け取る女性自身も認識している(長所として自覚している)特徴でしょう。それに対して、「ぐしゃぐしゃ泣き顔」や「切りすぎた前髪」は本人にとって「合理的な長所」とは決して言えない。近内はこの表現を引用し、次のように整理している。

合理的な、つまり、彼女の思う自身の長所を正確に、寸分の狂いもなく列挙した後だからこそ、不合理な特徴の描写、言挙げが愛の言葉へと変貌します。合理的なものよりも、不合理なものがもつメッセージ性の方が強いのです。ですが、不合理なもの単体では、その力は発揮できません。不合理は、合理性の後にやってくる。

近内悠太 『世界は贈与でできている』

合理的な世界を前提として、そこに生じる不合理なものが初めてその力を持つというのだ。(ちなみに僕はこの一節を読んで以降、ひたすらSpotifyで平井堅をリピートしている)

「余白」と共存するには

在宅勤務が推奨され、外出自粛要請が出てから、当然ながら家で過ごす時間が増えた。僕は一人暮らしで、近所に知り合いもいないため、決して広いとは言えないワンルームで誰とも対面せずに過ごすことが多い。

2018年、クロアチア・ザグレブにて

一人の時間が増え、物理的にも精神的にも「余白」が増えたとき、僕が感じたことは、「自分がいかに余白と付き合うことが下手か」だった。晴れた週末、これまでであれば午前に外出をして好きな本屋に向かったり、奥渋谷のコーヒースタンドに立ち寄ったり、友人と居酒屋に入ったりして「無意識的」にカレンダーを埋めて過ごしたものが、終日誰とも会えず、娯楽目的での外出ができない。

そうした時に生まれる「カレンダー上の余白」に対して、僕は自然と「今日やるべきこと」を列挙し、Microsoft todoやGoogle カレンダーに抜け漏れなくプロットする。夜寝る前、完了されていないタスクがあると、得体のしれない、わずかな未達感に苛まれてしまうのだ。

近内の指摘する通り、余白は余白でないもの(=合理的なもの)を前提とし、不合理なものの存在によって初めてその価値を発揮する。生まれた余白を、合理的なものによって埋めようとすることは、余白を余白でないものに強制的に変換し、偶然性も相まって生じたその可能性を消滅させてしまうことを意味するのだ。

「余白」を振り返る

僕たちは、合理的に整理・列挙された「タスク」に囲まれ、それらをひとつひとつ消化していくことで、人生を前に進めた感覚を味わう。でも、本当に「進んでいる」のだろうか?

「生き方や自身の価値観を大きく揺さぶる経験」というものがある。僕にとってそれは、大学を卒業する間際の、中央・東ヨーロッパで過ごした6週間。近い将来に大学院留学をすること、アンティークを扱うショップを作ること、好きな絵をもっと人のために描いていくこと。これらを思いつき、具体化し、決意したのは、すべてこの6週間の幻想的な旅という壮大な「余白」だった。

2018年、クロアチア・ドゥブロヴニクにて

ヨーロッパとアフリカの10ヶ国、ほとんどの時間を大きなバックパックを背負ってひとりで過ごした時間は、タスクから解放され、卒業も確約され、予算は限られていたけれど膨大な時間が与えられ、慣れ親しんだ人からの視線からも解き放たれた、それまで、そしてその後の生活と比較しても、異常なまでに不合理なものだったように思う。だからこそ、突如として「余白」が立ち現れ、「余白」との付き合いに苦しむ今だからこそ、あるべき自身の姿を探るヒントが、この経験に隠されているのではないかと感じるのだ。

そのかけがえのない旅から、ちょうど2年。帰国してから前だけ向いて走ってきた今だからこそ、少し立ち止まって、「余白のリフレクション」をしてみたいと思う。

Logo / RANBIKI

STORY

焼酎プロモーションメディア『RANBIKI』のロゴデザインを担当しました。本格焼酎特有の素材の味、身体への良さなどの魅力を発信しながら、若年層から忌避されるイメージの払拭を目指す、ユニークなメディアです。

http://ranbiki.jp/

DESIGN CONCEPT

焼酎のモチーフとなる四合瓶とグラスをベースに、クセのない滑らかさ、無駄な要素のないシンプルさに重点を置いて制作。丸みのあるフォントを選択することで、親しみやすさを追求しています。

クメール演劇の衰退と市民の憩い / The Cambodian Theater

カンボジアが誇る伝統「クメール演劇」が衰退している。国内にインターネットが普及する以前、人々の娯楽、社交の場として重要な役割を担ってきた伝統芸能を守り伝えようとする数少ないアーティストの情熱に焦点を当てた、7分間のドキュメンタリー。

危機に瀕した伝統を守る人

上演に向けて準備をする人々の姿を映して、7分間の映像が始まる。彼ら・彼女らの大半は本業と並行して季節巡業に従事しているアーティストで、役を演じながら舞台演出も担当するなど、複数の役割を担っている。存在さえ知られなくなっているクメール演劇を継承することを目的に、自主的に集まっているグループを追ったドキュメンタリーには、演劇シーンと観客の反応を複数箇所切り取ることで、過去から受け継がれてきた「生活の中の演劇」を描写している。一方で、クメール演劇そのものに関する解説はほとんどなく、当事者へのインタビューに終始している。

The Cambodian Theater

クメール・ルージュと演劇文化

1970年代のクメール・ルージュ時代に失われかけた伝統演劇をはじめとした諸文化は、およそ半世紀を経る中でその認知度はさらに弱まっている。王朝時代において特別な場面で上演されてきた「王宮古典舞踏」「影絵芝居」は非常に有名だが、対して「バサック劇」は20世紀諸島に現在のベトナム南部から伝わった娯楽演劇であり、一般の人々から圧倒的な支持を得てきた歴史がある。登場人物の語りと歌によってストーリーが展開され、扱われるものは古典物語であり、庶民の生活に根付いてきた。ただし、国内外の研究者からの注目が特段に高かった訳でもないことから研究実績も限られている。

こうした伝統芸能の衰退に際して、コンテンポラリー・ダンスの立場からその再興を目指す「アムリタ・パフォーミング・アーツ」、ポップ・カルチャーを融合させた巨大フェス「ボンプン(Bonn Phum)」など、若手アーティストを中心にアイデンティティの再構築とも取れるムーブメントが数々見られる。

The Cambodian Theater

背筋を伸ばして演技に見入るのではなく、食事をしながら談笑し、その傍らでパフォーマンスに目を向ける観客の姿勢からは、演劇が人々の生活に当たり前のように浸透してきた歴史を垣間見ることができる。小さな子どもが、演者の動きや言葉に笑う姿も、「衰退」とは対極にある印象を与える。数々の伝統芸能が直面する「古臭さ」というイメージと「今っぽさ」に身を委ねる難しさが、このクメール演劇が今まさに経験している苦悩なのかもしれない。

本作品は、京都大学東南アジア地域研究研究所主催「ヴィジュアル・ドキュメンタリー・プロジェクト2018」の入選作品であり、2016年にカンボジア・プノンペンに拠点を置く映像作家ソペアク・ムァンによる監督作品である。

カンボジア・シアター The Cambodian Theater

Cambodia 2016/Color/7min/Khmer

9 Books in 2019

飛騨高山で唯一の、地場の家具ブランドのテーブルや椅子をおいた素晴らしいスターバックスで「2018年の5冊」を書いてもう一年。一瞬のようにすぎた2019年を振り返ると、サイパンの美しい海でのスキューバダイビング、インド・コルカタを経由してバングラデシュ・ダッカに3年ぶりの帰還、夏の大雨に見舞われたバギオのエスノグラフィと、3度も海外で時間を過ごしたらしい。

とは言っても、それ以外の時間のほとんどを仕事に費やし、失敗に失敗を重ね、周囲には多大なる迷惑をかけてしまった一年でもあった。小さな成功体験を積み重ねた1年目から一転、業務の抽象度が格段に上がり、事業に関わる様々な戦略検討に向き合うことの難しさを学んだ。

Photo by Annie Spratt on Unsplash

人類学とエスノグラフィ

自身のTwitterでは粛々と報告をしているのだが、2021年の英国大学院進学に向けて、本格的に走り出した一年でもあったように思う。「デザイン思考」ブームを経て、人類学が古くから培ったエスノグラフィの知見が徐々にビジネスの領域に活用されている。UXリサーチや商品開発、マーケティングの分野でその存在感を発揮している一研究手法の、今後のビジネス応用、そのさきの社会課題に対する様々なアプローチへの応用の可能性について学びたいというのが、元々の背景(あんまり話していないけれど)。

とは言っても、元々ニッチな国や地域、その文化に触れることを楽しんできた自分としては、古典的な地域研究、人類学的研究に根ざしたエスノグラフィ、そのほかの質的研究手法にも強い関心がある。『うしろめたさの人類学』などで有名な松村先生をはじめとした数々の人類学者による『文化人類学の思考法』 は、家族やテクノロジー、戦争や平和といった様々な領域に置いて私たちが囚われている「あたりまえ」を問い直し、その外側へ出ていくための「思考のギア」を提供してくれる名著。私たちがあたりまえのように捉え会話している家族関係や、静かに、ただ着実に生活に浸透しているテクノロジーとの付き合い方など、ふと立ち止まってその思考のコリをほぐす素晴らしい章立てだ。

2019年は、個人的に非常に素晴らしいエスノグラフィにたくさん出会った(個人的な興味の色が強いが)。法政大学大学院のゼミでもご一緒させていただいた八田さんの著書『覚醒せよ、わが身体。─トライアスリートのエスノグラフィー 』は、日本トップレベルであるご自身の競技経験とその身体を対象に、トライアスロンという極めて過酷なスポーツに挑むアスリートたちの極限状態について、独自の視点で言語化を試みている。世界最大級のレースに共に挑んでいるような臨場感と、ゴールテープを切ってその場に倒れこむような爽快な読後感は忘れられない。『ひとりで暮らす、ひとりを支える ―フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィ―』は、先に紹介した松村先生の共著者であり、フィンランド島嶼地域に暮らす独居高齢者に関するエスノグラフィを実行してきた髙橋絵里香によるもの。家族に被介護者をもつひとりとしても、「ケア」という大きな概念だけでなく、高齢者を主語とした「老い」の本質や、「記憶」の問題について鋭いヒントを与えてくれる。

Photo by Hendri Sabri on Unsplash

愛と知性について

国際政治学者の三浦瑠麗『孤独の意味も、女であることの味わいも』 は、政治番組での鋭い議論とは異なり、優しい文体でその幼少期や以後の暮らしについて綴ったもの。柔らかい文章の中に確かな知性と強靭さを併せ持つ。川内有緒『パリの国連で夢を食う。』 は、31歳でパリの国連機関に赴任した経験と、そこでの官僚生活、ユニークでキュートな同僚たちとの交流について綴った一冊。同『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』 は、愛すべきバングラデシュの地に伝わる「バウルの歌」について、その正体を求めた12日間の濃密な旅について描いている。

ティム・ブラウンによる『デザイン思考が世界を変えるは、たった今読み終わったばかりなのだが、世界的に広がるデザイン思考の本質とその要素単位の重要性、その革新的なメソッドを活用した様々な事例を引用した名著。MOTHERHOUSE山口氏の『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方 は、二極化した世界において、ふたつの相反する要素を掛け合わせることで未来の生き方を探っていく、「働き方」を超えた「生き方」に関する一冊。

Photo by Andy Køgl [the visiter] on Unsplash

今年の年末年始に読んでいるのは、ティム・インゴルド『ラインズ 線の文化史』の原著、そしてユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『ホモ・デウス』 の原著(英語アピールをしたいのではなく、原著の方が圧倒的に安い)。そして劉慈欣『三体』とTakram佐々木さんのおすすめ、セス・フリード『大いなる不満』

個人としては社会人3年目、大学院受験を控える2020年。引き続きエスノグラフィに没頭しつつ、デザインやイラストの仕事も増やしていきたい、そんな密かな野望を抱きつつ、着実に前に進む一年にしたい。来たる2020年も、どうぞよろしくお願いします。

30分間の社会描写 / VISUAL DOCUMENTARY PROJECT 2019 短編ドキュメンタリー上映会を通して

「ジャスティス」をテーマに世界から作品が募られたVISUAL DOCUMENTARY PROJECT 2019 (国際交流基金アジアセンター主催/京都大学東南アジア地域研究研究所共催)に参加した。

個人としては初めての参加とはいえ、京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)の動向には以前から強い関心を寄せていて、今回の上映会もCSEASのTwitterを経由して認知したもの。数ある公募作品の中から受賞作品が選ばれ、5作品を当日上映し、監督や関係者が来日する。今年はマレーシアの映画監督ホー・ユーハン氏、ミャンマーの医師・脚本家・監督のアウン・ミン氏が選考委員に加わった。

ドキュメンタリーの可能性を探る場

ドキュメンタリー(documentary)とは一般に「実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された映画・放送番組や文学作品など」と定義されるように、特定の社会において実際に起きた出来事や定常的に営まれている生活そのものに焦点を当て、その構造や変化を社会における様々なレイヤーから描き出す。ドキュメント(document)という言葉が表す通り、「記録」という色が強く、中には非常に生々しさを伴うものもある。

VDP2019 『落ち着かない土地』スチル
当日上映『落ち着かない土地』(監督:Nguyen Thi Khanh Ly)より

中でも今回のような「短編」のドキュメンタリーは、その名の通り取材を通して獲得された情報が非常に短時間の尺に編集されたものを指し、20〜30分程度の作品が中心となる。当日上映された5作品のうち、フィリピン・ダバオ市ロハスで起きた爆弾事件のその後を描く『あの夜』が最短の20分、ベトナム・ホーチミン市新都市計画によって立ち退きを強いられた住民に焦点を当てた『落ち着かない土地』が最長の28分。

タブーを超えて

テロや差別といった社会課題の多くは国家が当事者として関わるケースが多く、そうした事象を忠実に描き映像として編集・配信することは、一部の国においてタブーとなる。こうした上映会にノミネートされる作品も例に漏れず、その国内では一切上映を許されていないものも存在する。彼ら・彼女らは、そうした事実と正面から向き合いながら、自身の国や社会で起きていることを世界に発信する。

VDP2019 『私たちは歌で語る』スチル
当日上映『私たちは歌で語る』(監督:Dony Putro Herwanto)より

東京上映会詳細

東京での上映会は、下記の通り5作品が発表され、それぞれ監督と関係者が登壇した。

【東京上映会】
タイムスケジュール

13時30分 作品上映(1)私たちは歌で語る
14時20分 作品上映(2)落ち着かない土地
15時05分 作品上映(3)叫ぶヤギ
15時45分 休憩
15時55分 作品上映(4)あの夜
16時30分 作品上映(5)物言うポテト
17時10分 トークセッション&総評
登壇者

『私たちは歌で語る』 (インドネシア)
監督:Dony Putro Herwanto、撮影・編集:Abul Ala Maududi Ilhamda
『落ち着かない土地』(ベトナム)
監督:Nguyen Thi Khanh Ly、編集:Nguyen Thu Huong
『叫ぶヤギ』(タイ)
監督:Thunska Pansittivorakul、出演:Anthicha Sangchai
『あの夜』(フィリピン)
監督:Jeremy Luke Bolatag、ラインプロデューサー:Arun Singh
『物言うポテト』(ミャンマー)
監督 :Sein Lyan Tun、プロデューサー:Phyo Nge

ドキュメンタリーの味わいを

上映された5作品、そしてそのほかの関連作品について、その魅力と課題の焦点、描かれる人物の心理描写について、今後の記事で紹介をしていく。

Logo / ごゆるり

STORY

尊敬するリクルート同期が始めた、一生に一度のひとさらを味わう食堂、『ごゆるり』のロゴを描きました。『世界中のみんなが、一緒に笑顔になれる場所を”食”を通してつくりたい』。そんな人生のテーマを掲げる彼女の思いが綴られたノートはこちら。週末限定で、予約を受けつけています。

食堂、はじめます。|りさ(@ごゆるりとごはんをつくる人)|note
突然ですが、 今月末から週一で、食堂をはじめます。 食堂といっても、完全予約制で一日当たり10名のゲストだけ。 今までやっていたおうちごはんを外のお店を借りてやらせてもらうという形で、最初は本当に趣味の延長でやります。 一緒にやってくれるのは、大学時代一緒にASEAN10か国を旅した相方ちあき。 ここではその食堂を始めようと決心するにいたった思いを、食堂の名前とともにお話します。 ————————————————————————— 『ごゆるり』 意味-気兼ねなく、ゆったりと

DESIGN CONCEPT

ひとりひとつのプレートに、色とりどりの料理を盛り付けて提供するスタイルと、暖かみのある独特の空間を色彩で表現。暖色を意図的に寄せることで、優しさ、暖かさ、人の手が介在する世界観を描いています。

私たちは、思想とストーリーに熱狂する

2015年の秋、バングラデシュのダッカの中心部でイタリア人が狙われたテロの日、当日昼過ぎにバンコクからの便で到着し、ボナニの中華料理店で隠れるようにしてハイネケンを飲んでいた。最初に周囲がざわつき、アメリカ人が撃たれた、と言う誤情報に始まり、場所はすぐ近くのグルシャンであると言うことが騒がれた。標的はオランダのNGOに勤務するイタリア人。直後にISが「西洋人を殺害した」と言う声明を出した。そしてその翌週、北部のラングプールで日本人男性が射殺され、同様の声明が発表される。無神論者のブロガーが相次いで狙われるなど、内情の悪化を懸念し、1ヶ月も経たないうちに、穏健だったはずのイスラム国家を後にすることとなった。

ダッカを発つ前日、同僚たちに連れられてオフィスの近くのトラディショナルな雑貨屋を訪れた。好きなものを買ってやるよ、と言いながら半ば強制的に選ばれたのは、バングラデシュの伝統衣装。入り口横のベンチに座る一人が、顔をしかめながら呟いた「この国はもっと美しいのに」と言う言葉が今も耳に残り、時折蘇っては心を打つのである。

・・・

「味がある」とは何かを巡る旅 

「味がある」という言葉を、私たちは直感的に受け入れつつも、その意味を問われるときっと答えに窮してしまう。そもそも普段の生活をふと振り返った時に、この言葉を口にするシーンは、決して多いとは言えないことに気がつく。

高性能、高画質のカメラが普及し、綺麗な写真は瞬く間に民主化した。巷に騒がれる「フォトジェニック」は、直感的で一般に理解されやすい「映え」にばかりベクトルが向き、「味がある」とは異なる方向へ向かっているものが多い。例えば、小麦色のコーンに乗っかった表参道のカラフルなアイスクリームや、沈む太陽をバックに観光客の姿を鮮明に映したウユニ塩湖を、私は決して「味がある」と表現しないし、熱狂するほど心は動かない。チューインガムのように味があらかじめ与えられ、噛んで吐き捨てられる、そんな寿命の短い美しさではなく、私たちが本当に心を動かされる「味があるもの」とは、一体何なのだろう。

・・・

ものではなく、ストーリーへの愛着

京都・河原町丸太町にある誠光社は、イラストレーターのマメイケダ氏による、食に関するイラスト集『味がある。』について、次のように解説している。

「「美味しいもの」ではなく、「食べること」そのものに喜びと愛着を持ち、コンビニのパンからタイ料理までをわけへだてなく描くマメさん。「味がある。」というタイトルにはそんな彼女の姿勢がよく表れています。食が情報にまみれ、誰もがグルマンと化した時代、もう一度純粋に食べる喜びを思い出させてくれる。そんな一冊です。」

マメイケダ,『味がある。』

また、京都大学の伏木亨は『おいしさの構成要素とメカニズム』で、「文化的なおいしさ」を次のように説明する。

「文化に合致したおいしさ。人間や民族の文化の上に発展してきた食の歴史と嗜好に合致するものには、安心感が得られる。これが、おいしさとなる。反対に、民族や集団の文化では理解できない味や風味は、忌避される。」

伏木亨,『おいしさの構成要素とメカニズム』

「味がある」と口にしてしまうほど心を動かされるものは、その対象と触れ合う行為そのものや、その行為を通して想起される思想、そこに関わる人々によって紡がれたストーリーなのではないかと思うのだ。この場を通して、「思想あるものとそのストーリー」に目を向けて、「味がある」とは何かを探求する実践は、本当に私たちの心を動かすものの所在を探る行為である。

夏の都・バギオに熱狂する

灼熱のマニラ。ニノイ・アキノ国際空港のゲートを出てタクシーに飛び乗り15分ほど。パサイにあるバスステーションで紙切れのようなチケットを手にしたら、あとはそれを握りしめてバスに飛び乗るだけ。約6時間、サマー・キャピタルへのちょっとした旅が始まる。

ショッピングモールの脇道を抜けたバスは、ナイトライフに熱狂する若者でごった返す大通りを抜け、北へと進む。徐々に街の明かりがなくなり、気がつけば広い草原のような場所に一本まっすぐに伸びる道を走り続ける。標高が高くなっていくのを感じながら、徐々に森の中に入り、また視界が開けたと思えば、すぐに木々の中に入ってしまう。

徐々に遠くに街の明かりが見えてくる。山の斜面にも、家々が隙間なく建ち並び、夜の山を照らす。標高1500メートル、気温20度前後の高原都市は、熱帯のフィリピンにおける「サマー・キャピタル」として、その気候や地理的な要因により、独自の文化とライフスタイルを形作ってきた。

・・・

独自の文化が花ひらく避暑地 

1521年、マゼランのセブ上陸以降、フィリピンは長期に渡ってスペインの支配下にあった。転機は1898年、米西戦争に勝利したアメリカ合衆国が、わずか2000万ドルという少額でフィリピンを買い付け、その支配下に置くことになった。1946年のフィリピン独立に至るまで、米国人は高原地帯のバギオを避暑地として好み、その開発を進めていった。その開発工程において、合衆国は日系移民の勤勉さに着目し、劣悪な環境ではあったがその開発業務を委託し、日本とバギオの繋がりが生まれることとなった。現地で結婚して家庭を持った日本人も少なくないと言い、現地では日本の血を引いた人に会うことも多々ある。

森林豊かで気候にも恵まれたバギオには、独自の文化が育ってきた。サガダをはじめとした独特なデザインの織物技術、木彫り工芸、コーヒー生産。土着の信仰を背景に受け継がれてきた技術や農作物が、市内中心部のマーケットを中心に流通している。

・・・

パブリック・マーケットに圧倒される

高原に生きる「ハイランダー」たちにとって、マグセイセイ・アヴェニューに沿って広がる巨大な市場は、「パブリック・マーケット」と呼ばれ、その生活の中心に在る。地元の市民から観光客まで、あらゆるバックグラウンドを持つ人が集まり、その人間臭さとカオスに熱狂するのだ。

セブのマンゴーも、ミンダナオのコーヒー豆も、サガダの織物も、あらゆるプロダクトが国内外から流れ込み、マーケットの店頭に並ぶ。圧倒的な木彫り技術を持つ男はその一角に「アトリエ」を構え、販売店に卸す。精肉業者は、ビニールで客の視界を遮った空間で生きた鶏や魚を処理し、生肉を売る。中国から持ち込まれた衣類は、山積みにされて人だかりができる。

パブリック・マーケットはいつだって熱気に満ちて、私たちを惹きつける。生きるためにものを売る商人達やより良いものを求める客の、あまりにも人間らしい生臭さが、嗅覚を刺激するのである。

・・・

ユース・カルチャーに溺れる

バギオのメインストリート「セッション・ロード」には、ハンバーガーチェーン「ジョリビー」やKFC、マクドナルド、モダンな「アーミー・ネイビー」、独創的なコンセプトを持つカフェ「Oh My Gulay」、そしてナイトライフを楽しむ若者が集まるバーやパブが多く並ぶ。スキニージーンズにシンプルなTシャツを着こなすスタイリッシュな彼ら/彼女らは、サンミゲルを片手に音楽を楽しみ、オープンなコミュニケーションに抵抗がない。英語を母語とする彼らは海外の最新のトピックスにも強いし、アメリカンなカルチャーの影響が強い地域であるがゆえ、バスケットボールやアメリカの洋楽に精通している。

繁華街を抜けたところには、ヒッピーな香りを漂わせるレストランで、「ラヴ・アンド・ピース」を歌うアーティストの演奏に人々が聴き入っていた。ハイランダーたちは、時にはシティ・カルチャーの喧騒から逃れ、大自然に目を向けて心を癒す。モダンなカルチャーとトラディショナルな空気が共存し、小さい街の中で入り混ざっていることは、バギオが持つ魅力のひとつだ。

ぶっきらぼうで一見愛想のないように見えてしまうハイランダーたちも、一度打ち解けてしまえば、サンミゲル・ビールを片手にいくらでも談笑できる。マーケットに並ぶ食べ物のヴィジュアルは正直イケていないが、一度口にすれば誰もが虜になるはず。マニラにもセブにもない、独特なバギオ・カルチャーが呼んでいる。