ドゥブロヴニクと戦火の歴史 | HIGHLANDER

ドゥブロヴニクと戦火の歴史

ローマからクロアチアに飛んで、念願のドゥブロヴニク。「アドリア海の真珠」と称される、オレンジ色の屋根と白い壁が立ち並ぶ街並みは、「紅の豚」や「魔女の宅急便」のモデルになったそう。

 

観光地化に隠れる戦火の歴史

アドリア海に面するこの街は、かつてヴェネチアやジェノヴァに並んで、海洋貿易によって発展した都市のひとつであった。戦火を逃れる目的で1970年代に恒久的な非武装化がなされたものの、1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う独立戦争の際、セルビア・モンテネグロ勢力によって7ヶ月間に及ぶ長期的な砲撃がなされた(ドゥブロヴニク包囲)。旧市街や非武装の市民を攻撃した事実は海外メディアを中心に批判され、その後の戦犯法廷においてもこの砲撃の事実が起訴内容に含まれるケースが見られる。

 

 

「綺麗な街並み」が過度にアピールされ、市内のレストランやお土産屋の物価は非常に高く、首都のザグレブと比較しても肌感覚で1.5倍程度はあるように感じた。強引な客引きや嘘の情報を流して騙そうとする商人も存在し、訪れる際には入念な下調べが必要そう。

 

紛争の遺跡をたどる

セルビア方面との間に位置するスルジ山は、紛争の廃墟や高原地帯を眺めつつ、ドゥブロヴニクの街並みを一望できる最適なスポットである。さっと手軽に登れるケーブルカーもあるが(しかも高い)、1時間程度かけてハイキングをしながら山頂を目指すのが良さそうである。砲撃によって崩れた廃墟を横目に歩き、山頂から見えたセルビア方面の高原と山々の連なる景色は、今でも忘れられない。

 

ドゥブロヴニクを発ち、ボスニアヘルツェゴビナを抜けて、現在は首都のザクレブに滞在。明日、ハンガリー・ブダペストに向かう。

500pxにて、ローマの写真を公開。

 

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