February, 2018 | HIGHLANDER

ザグレブのレターオープナーと伝統衣装

大聖堂のすぐ横で開かれるドラツ市場は、クロアチア各所の市場の中でも歴史の古いもののひとつで、「ザグレブの胃袋」と称されるように、青果物をはじめ、雑貨や衣類などが並ぶ。赤を基調としたカラフルなパラソルが印象的だ。 市場の奥にある階段を登ると、バーや雑貨店が並ぶ細い通りがまっすぐ伸びる。午後になると賑やかさも増す(と思いきや真冬だからか、みんな屋内に入ってしまった)。現地色の強いレターオープナーが欲しいなあと思いながら歩いていると、ついに出会ってしまった。完璧。 強固な金属で型取った後に銀でコーティングしたものであり、ハンドメイド。持ち手のデザインは、現クロアチアに伝わる伝統衣装の装飾品だという。職人の髭爺の歴史トークを聞いているうちに、クロアチア伝統衣装の魅力が見えてきた。   アドリア海とジュエリー...

ドゥブロヴニクと戦火の歴史

ローマからクロアチアに飛んで、念願のドゥブロヴニク。「アドリア海の真珠」と称される、オレンジ色の屋根と白い壁が立ち並ぶ街並みは、「紅の豚」や「魔女の宅急便」のモデルになったそう。   観光地化に隠れる戦火の歴史 アドリア海に面するこの街は、かつてヴェネチアやジェノヴァに並んで、海洋貿易によって発展した都市のひとつであった。戦火を逃れる目的で1970年代に恒久的な非武装化がなされたものの、1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う独立戦争の際、セルビア・モンテネグロ勢力によって7ヶ月間に及ぶ長期的な砲撃がなされた(ドゥブロヴニク包囲)。旧市街や非武装の市民を攻撃した事実は海外メディアを中心に批判され、その後の戦犯法廷においてもこの砲撃の事実が起訴内容に含まれるケースが見られる。  ...

ローマの街並みとダウンタウンの中国人

イタリアを発着点に、中東欧方面をまわる旅、最初の都市はローマ。フィリピンやバングラデシュなど、アジア諸国(しかも途上国)ばかり転々としていた自分にとって、それらとは大きく異なる歴史や文化、とりわけ建築を有する国々に足を運ぶのは、どこか不思議な感覚でもある。   歴史都市と広告 やっぱりローマの景観は綺麗だな、と街を歩きながら思ったのだが、その建築様式や不規則な石畳の道はもちろんのこと、本当に広告物が少ないな、というのが強い印象として残るわけである。 ローマの場合、都市マスタープランによって指定された歴史地区に広告物等の規制が適用されているらしく、その制定は1970年にまで遡るそう。...

あるコミュニティの繁栄と衰退、そしてその再生に関する言語化

  「変化とは、こうやって起こる。一人、そして二人が最初に変わり、それが三人になり、五人、一〇人に増えてコミュニティが変容する。その兆しがわずかだが確かに見えてきた。」   ブレイディみかこの、ミクロとマクロを行き来するダイナミックな視点移動と言葉に突き動かされて、昨年よりコミュニティ政策を市民コミュニティ視点から見つめる研究を、学士論文として継続してきた。そして、1月末の論文提出、2月頭の論文報告をもって、一連の調査研究を終えた。 研究事例としてピックアップした市民コミュニティは、先代の多くの研究者もその魅力を認め、複数の社会学論文で研究対象とされてきたものである。90年代に発足し、多様な人材を巻き込みながら地域特有の課題に取り組んできた事実は、コミュニティ研究におけるひとつのロールモデルと言える。近年は、自分と同様に学部生の卒論研究でも取り上げられることが多く、「11月からは学生の見学者が増える」という。...

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