余白のリフレクション

初めてYahoo!で自分のブログを作ったのは、おそらく中学2年生のころ。Nikonのカメラで撮った写真を撮ってはアップロードし、匿名のユーザーと多く繋がり、お互いの投稿に対してコメントをし合い、時には学校のルールや教師の態度に対して意見のようなものを偉そうに述べ、「学ぶ環境はこうあるべき」などと、思い出すと恥ずかしくなるような言葉を連発していた。

それなりに真面目に勉強し、Jリーグユースクラブでプレーを続け、全員参加必須というルールの下で中学校の陸上部にも入り(よくサボったけど)、それ以外の時間は地元の塾に通っていた。「勉学共に頑張る子」というイメージに囲まれて日々を生き抜く中で、Yahoo!ブログに自分の写真や人に言えない思いを書き込むことは、予定表が埋まり切った中学生の自分にとって大切な「余白」だった。

市場経済の「すきま」

近内悠太が『世界は贈与でできている』で展開する議論は、この「余白」について改めて振り返り考え直す大きなきっかけとなった。「贈与」という概念に焦点をあて、それを「必要であり重要なのに、その正体がわかっていない」という前提にたった近内は、その最終章で次のような言葉を記している。

・・・だから、贈与は市場経済の「すきま」に存在すると言えます。いや、市場経済のシステムの中に存在する無数の「すきま」そのものが贈与なのです。そして、世界像、すなわち常識に支えられた言語ゲームの全体性、整合性を前提として初めてアノマリー(*変則性)が立ち現れるのと同様に、市場経済というシステムと交換の論理という下地があるからこそ、そこに贈与というアノマリーが見えてくるのです。

近内悠太 『世界は贈与でできている』

お金で買えるものとその交換によって成立する、いわゆる合理性により稼働する資本主義社会の中で、その「すきま(=余白)」に存在する一見不合理なもの。その例として、さらに近内は平井堅による名曲「君の好きなとこ」の歌詞を引用している。

照れた笑顔 すねた横顔 ぐしゃぐしゃ泣き顔
長いまつ毛 耳のかたち 切りすぎた前髪
・・・ホッとした顔 笑ったときハの字になる眉

近内悠太 『世界は贈与でできている』

「照れた笑顔」や「長いまつ毛」は、おそらくその言葉を受け取る女性自身も認識している(長所として自覚している)特徴でしょう。それに対して、「ぐしゃぐしゃ泣き顔」や「切りすぎた前髪」は本人にとって「合理的な長所」とは決して言えない。近内はこの表現を引用し、次のように整理している。

合理的な、つまり、彼女の思う自身の長所を正確に、寸分の狂いもなく列挙した後だからこそ、不合理な特徴の描写、言挙げが愛の言葉へと変貌します。合理的なものよりも、不合理なものがもつメッセージ性の方が強いのです。ですが、不合理なもの単体では、その力は発揮できません。不合理は、合理性の後にやってくる。

近内悠太 『世界は贈与でできている』

合理的な世界を前提として、そこに生じる不合理なものが初めてその力を持つというのだ。(ちなみに僕はこの一節を読んで以降、ひたすらSpotifyで平井堅をリピートしている)

「余白」と共存するには

在宅勤務が推奨され、外出自粛要請が出てから、当然ながら家で過ごす時間が増えた。僕は一人暮らしで、近所に知り合いもいないため、決して広いとは言えないワンルームで誰とも対面せずに過ごすことが多い。

2018年、クロアチア・ザグレブにて

一人の時間が増え、物理的にも精神的にも「余白」が増えたとき、僕が感じたことは、「自分がいかに余白と付き合うことが下手か」だった。晴れた週末、これまでであれば午前に外出をして好きな本屋に向かったり、奥渋谷のコーヒースタンドに立ち寄ったり、友人と居酒屋に入ったりして「無意識的」にカレンダーを埋めて過ごしたものが、終日誰とも会えず、娯楽目的での外出ができない。

そうした時に生まれる「カレンダー上の余白」に対して、僕は自然と「今日やるべきこと」を列挙し、Microsoft todoやGoogle カレンダーに抜け漏れなくプロットする。夜寝る前、完了されていないタスクがあると、得体のしれない、わずかな未達感に苛まれてしまうのだ。

近内の指摘する通り、余白は余白でないもの(=合理的なもの)を前提とし、不合理なものの存在によって初めてその価値を発揮する。生まれた余白を、合理的なものによって埋めようとすることは、余白を余白でないものに強制的に変換し、偶然性も相まって生じたその可能性を消滅させてしまうことを意味するのだ。

「余白」を振り返る

僕たちは、合理的に整理・列挙された「タスク」に囲まれ、それらをひとつひとつ消化していくことで、人生を前に進めた感覚を味わう。でも、本当に「進んでいる」のだろうか?

「生き方や自身の価値観を大きく揺さぶる経験」というものがある。僕にとってそれは、大学を卒業する間際の、中央・東ヨーロッパで過ごした6週間。近い将来に大学院留学をすること、アンティークを扱うショップを作ること、好きな絵をもっと人のために描いていくこと。これらを思いつき、具体化し、決意したのは、すべてこの6週間の幻想的な旅という壮大な「余白」だった。

2018年、クロアチア・ドゥブロヴニクにて

ヨーロッパとアフリカの10ヶ国、ほとんどの時間を大きなバックパックを背負ってひとりで過ごした時間は、タスクから解放され、卒業も確約され、予算は限られていたけれど膨大な時間が与えられ、慣れ親しんだ人からの視線からも解き放たれた、それまで、そしてその後の生活と比較しても、異常なまでに不合理なものだったように思う。だからこそ、突如として「余白」が立ち現れ、「余白」との付き合いに苦しむ今だからこそ、あるべき自身の姿を探るヒントが、この経験に隠されているのではないかと感じるのだ。

そのかけがえのない旅から、ちょうど2年。帰国してから前だけ向いて走ってきた今だからこそ、少し立ち止まって、「余白のリフレクション」をしてみたいと思う。